米津玄師にVaundy
彼らは紛れもなく天才だ
売れてるミュージシャンは全員天賦の才を持っているのは前提として、それでも彼らの才能は群を抜いているしなんなら日本のミュージシャン史上で選んでもベスト10に入っておかしくない。
個人的には入って当たり前だとすら思う。
ただしそんな彼らも昭和~平成初期のネットが無い時代だったら、今のような人気ミュージシャンにはなれていなかっただろう。
と、言うのも今のように個人で作品を作ってそのまま世の中へ発表する環境がほぼ無く、レコード会社や事務所の力が強かったからだ。
勿論当時でも制作から発表までを自分で完結させようとするミュージシャンはいただろう。
しかしその手法でドームツアーまで行い、海外でも知られるレベルにまで成り上がったミュージシャンは居なかったし、そのレベルのミュージシャンになる為には、今よりもずっと多くの人間のお眼鏡にかなう必要があった。
そして何よりアーティストとして人の目に触れる機会が圧倒的に少なかったのである。
Vaundyは自分でYouTubeに曲を出して世に出てきた
Vaundyが世間に大きく知られるきっかけの一つになったのが「東京フラッシュ」だ。
2019年9月に公開された公式MVは、現在YouTubeだけで1億2000万回以上再生されている。公開当時もSNSで一気に話題となり、わずか2か月で100万回再生を突破した。
筆者自身、このMVを初めて見た時には度肝を抜かれた。
私は音楽通でもなんでもないので、Vaundyを初めて知ったのは紅白で披露した「怪獣の花唄」以降だ。
しかし後から「東京フラッシュ」を知り、むしろ「怪獣の花唄」以上に心を惹かれた。
この2曲は方向性がかなり違う。
「怪獣の花唄」が大きく開けた場所で一気に感情を爆発させるような曲だとすれば、「東京フラッシュ」は都会の夜を一人で歩いている時のような、けだるさと高揚感が同居している。
夜の街を歩いているだけなのに、なぜか少しワクワクする。
その感覚をそのまま楽曲へ落とし込み、ほとんど完璧と言っていいくらい表現しているように感じた。
個人的に私はサカナクションのファンでもあり、夜の街や都市の空気を感じさせる楽曲を好む傾向がある。だから余計に「東京フラッシュ」が刺さったのだと思う。
そして、この完成度の高い楽曲を当時まだほとんど無名だったVaundyが自分でYouTubeへ投げ込み、そこから人々に見つけられていった。
なんて言っては見たものの、もしかしたらそこまで含めてレコード会社の仕掛けだった可能性はゼロじゃない。
彼が物凄い才能があるアーティストだと言うのは事実。
ただしそれとは別にデビューの箔付けにしっかり大人が介在してプロモーションを行い、今の私たちが知るVaundy像をうまく演出していった可能性だってある。
疑い始めればキリがない、抜けないトゲだね。
米津玄師は本人が歌う前から「ハチ」として売れていた
米津玄師の場合はさらに面白い。
最初から「米津玄師」という歌手として売り出されたわけではない。
それ以前にボカロPとしてニコニコ動画で絶大な人気を誇っていた。
彼は2009年から「ハチ」名義でニコニコ動画へVOCALOIDを使ったオリジナル曲を投稿、「マトリョシカ」「パンダヒーロー」などを発表し物凄い再生回数をたたき出ししてニコニコ初期の顔の1人。
しかもイラストや映像まで自身で制作していた。
2012年に米津玄師名義で発表したアルバム「diorama」では、作詞、作曲、アレンジ、プログラミング、歌唱、演奏、ミックス、動画、アートワークまで自身で制作している。
つまり米津玄師の場合、本人が歌手として表舞台に出るより前に「この人の作るものは面白い」という評価がすでに出来上がっていた。
顔がどうとか、テレビ映えするとか、トークが上手いとか。
そういうものより先に作品が届いた。

まず作品を聴いてもらえる。この順番は大きい。
昔は客に聴かせる前に「業界に選ばれる」必要があった


今なら自宅で曲を作ってYouTubeにアップすれば、とりあえず世界中の人が聴ける状態にはなる。
売れるかどうかは別として、発表すること自体はできる。
昔はそう簡単ではなかった。
レコードを作る。流通させる。店に置く。雑誌に載せる。ラジオで流す。テレビに出す。
大勢の人へ届けるためには、その途中にレコード会社、事務所、出版社、テレビ局、ラジオ局など色々な人たちが入ってくる。
つまり客から評価される前に、まず業界側から「この人なら売れる」と評価してもらう必要があった。
そこで見られるものは音楽の才能だけではない。
年齢、キャラクター、ファッション、見た目、当時の流行、テレビで扱いやすいかどうか。
そして多くの人が間に入れば、当然ながら「もっとこうした方が売れる」という意見も入ってくる。
髪型はこうした方がいい。
服はこうした方がいい。
この曲はもっと分かりやすくした方がいい。
こういう曲を作った方が売れる。
それが良い方向へ働くことも当然あったと思う。
ただ、本人が持っていた妙な癖や尖った部分まで丸くされてしまうことだってあったはずだ。
サカナクション山口一郎さんは実際にこんなことを言われている
ここで思い出したのが、サカナクションの山口一郎さんがラジオで話していたエピソードだ。
「サカナクションってボーカルがもっと格好よかったらもっと売れたのにね」
出典:TOKYO FM「SCHOOL OF LOCK! サカナLOCKS!」
山口さん本人によれば、昔ビクターの人から実際にこう言われたという。
なかなか凄いことを言う。
今の山口一郎さんしか知らない人には、ちょっと意外かもしれない。
今ではファッションも洗練され、山口一郎さん自身も格好いい大人のおしゃれな男性として見られることが多い。
上は初期のサカナクションの映像。
フレッシュな山口一郎さんも、それはそれで魅力的だ。
ただ、それはそれとしてバンド全体のビジュアルを見ると、やはり初々しさと野暮ったさが同居している。
もっとも、これは彼らに限った話ではない。
僕たちだって10年、20年前の自分の写真を見て「うわ、当時の俺こんな変な服着てたのか」と感じることはある。
髪型も服装も時代とともに変わる。
みんな通ってきた道なのだ。
ただ、ここで重要なのはサカナクションの昔のファッションがどうだったという話では無く「ボーカルがもっと格好よかったら、もっと売れた」という言葉が、実際にレコード会社側から出てきたということだ。



音楽以外の部分も、普通に「売れる条件」だったわけだ。
そう考えると、米津玄師もVaundyも、少なくともビジュアルを最大の武器にして売れたタイプのミュージシャンではない。
昭和~平成初期の音楽業界だったら、彼らほど曲を作る才能が突出していればなおさら「君は表に立つより作る側に回った方がいい」と、作曲家やプロデューサーなどの裏方を勧められていた可能性はある。
もちろん実際にそうなったかは分からない。
ただ今なら、誰かにそんな進路を決められるより先に、自分で曲を発表して世間に判断してもらうことができる。
今は第三者にこねくり回される前に作品を出せる


現代であればレコード会社の協力が無くとも世に出る手段はあるし、それで成功する事も可能である。
自分で作って、自分で発表。
業界関係者よりもまず世間の方々に聴いてもらう。
そういうことができる世の中になり、本人の能力が以前よりフェアに評価されるようになったからこそ、彼らは自分たちの才能を第三者に余計にこねくり回されることなく、ストレートに世の中へ出すことができた。
もちろんレコード会社や事務所が悪いという話ではない。
録音、宣伝、流通、ライブ、タイアップ。大きな規模で活動するなら、今でもプロの力が必要になる場面はいくらでもある。
ただ、才能を世の中へ見せるための最初の許可を、誰かにもらう必要がなくなった。
私はここが一番大きいと思う。
昔は「業界に選ばれてから客へ届く」。
今は「まず客へ出して、客に選ばれてから業界がやって来る」という道もある。
もちろん今だって完全に公平ではない。
SNSにはアルゴリズムがある。宣伝力も資金力も関係する。運だってある。
それでも無名の人間が、誰の許可も取らずに自分の作品を世の中へ出せる。
これは相当大きな変化と言えるし、彼等が現在の知名度を得るに至ったのも彼らの才能とは別にこの仕組みを上手に使いこなしたからだ。
昔にもVaundyや米津玄師レベルの才能を持ってる方はいたのかもしれない


もちろん米津玄師やVaundyが昭和に生まれていたら、本当に売れなかったのかなんて誰にも分からない。
あれだけ才能があるのだから、別の形で結局世に出ていた可能性もある。
作曲家になっていたかもしれない。
プロデューサーとして成功していたかもしれない。
ただ、本人がそのまま前に出て、自分の好きな音楽を作り、自分の世界観を見せながら何万人もの観客の前に立つ。
今と同じ形になっていたかと言われれば、私はそうは思わない。
そして逆に考えると、少し怖い。
もしかしたら彼らに匹敵する才能を持ちながらも、レコード会社や事務所にその才能を潰されてしまった若い芽が、僕たちの知らないところでひっそりと枕を濡らしていたのかもしれない。
そう考えると、自分で作って、自分で世の中へ出して、まず聴いてもらえる今の時代は、少なくとも昔より少しフェアになったのだと思う。
あとがき
実はこの記事、トイレにこもっている最中に思いついた。
その日の私は腹痛もないのに便意だけが何度も続き
トイレに籠るハメになっていて、その際ふと頭に浮かんだのが、
「便意が溢れて眠れない」
という、Vaundyの楽曲をもじったくだらなさすぎるダジャレだった。
さらに「馬みたいに出るな。これじゃ馬糞dayだな」などと、熱烈なファンが聞いたら眉をひそめそうなことまで考えていた。
そこでふと思った。
Vaundyって凄いよな。
と。
そこから発想が飛躍し、米津玄師のハチ時代を思い出し、昔の音楽業界の話になり、サカナクション山口一郎さんのエピソードまで頭に浮かび、気が付いたらこんな記事が出来ていた。
人間の脳は時として、思いもよらないところまで僕たちを連れていく。
あの日私はトイレで、イデアも一緒にひねり出していたのだ。


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